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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)8175号 判決 1987年11月27日

原告

伊藤隆利

被告

中西久二

主文

一  被告は、原告に対し、三三九万四四八二円及びこれに対する昭和六一年九月二〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一三九一万八九五七円及びこれに対する昭和六一年九月二〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故(以下本件事故という。)の発生

(一) 日時 昭和六〇年一月二三日午前七時四〇分ころ

(二) 場所 大阪府高槻市寿町二丁目二一番七号先

(三) 態様 原告が原動機付自転車を運転して、青信号にしたがつて東から西へ直進横断するため交差点内へ進入し中央付近に差しかかつたところ、被告が普通乗用自動車を運転して、赤信号を無視して北から南へ直進しようと右交差点内へ進入したため、被告運転車両が原告運転車両の側面に衝突した。

(四) 受傷 原告は、頭部打撲、頸部捻挫、右股部挫傷、腰部捻挫等の傷害を受けた。

2  責任原因

被告には、赤信号を無視して本件交差点内へ進入した過失がある。

3  治療経過及び後遺障害

(一) 原告は、原外科医院(以下原外科という。)に、昭和六〇年一月二四日から同年三月五日まで四一日間入院し、その後、同年五月三〇日まで通院(実日数七一日)した。右治療によるも症状が改善しなかつたため、原告は、同年六月一日、高槻赤十字病院で受診したところ、第五腰椎分離症、左根性坐骨神経痛、頸部捻挫により約一か月の入院を要すると診断され、再入院した。原告は、右同病院に同年八月九日まで六八日間入院し、昭和六一年一月八日まで通院(実日数二四日)し、右同日、後頸部痛、頭痛及び腰痛の後遺障害を残して症状が固定した。右後遺障害は、自賠責保険の関係で、自賠法施行令二条別表(以下別表という。)の後遺障害等級一二級一二号と認定された。

(二) 原告は、本件事故前、何ら腰痛はなく、左官の仕事に毎日従事していたものであり、本件事故と原告の右受傷、入通院治療及び後遺障害との間に一〇〇パーセント因果関係があるというべきである。仮に、本件事故前から原告に第五腰椎分離症があつたとしても、本件事故前には、これによる症状は全くなかつたものであるから、本件事故によつてこれが発症及び増悪したものであり、右については、原外科の原卓司医師(以下原医師という。)及び高槻赤十字病院の横山晴一医師(以下横山医師という。)も肯定している。したがつて、仮に、右第五腰椎分離症の前記入通院治療及び後遺障害への影響を考慮するとしても、本件事故の右入通院治療及び後遺障害への寄与度は七割を下回らないというべきである。

4  損害

(一) 治療費 一六〇万七七六二円

(1) 原外科 一三〇万八八〇〇円

(2) 高槻赤十字病院 二九万八九六二円

(二) 腰椎装具費 一万六一〇〇円

(三) 休業損害 四二〇万六〇三三円

原告は、三〇年来左官の仕事に従事し、本件事故当時は、加藤左官工業で働らき、本件事故前三か月の平均日収は一万一九八三円であつた。原告は、本件事故のため、昭和六〇年一月二三日から症状固定した昭和六一年一月八日まで三五一日間休業を余儀なくされた。

1万1983(円)×351(日)=420万6033(円)

(四) 後遺障害に基づく逸失利益 六七二万三八八七円

原告は、前記後遺障害のため、現在、軽作業にも従事できず、腰痛をおさえるため、大阪医科大学付属病院で麻酔薬の注射を継続している状態である。右によれば、原告は、その労働能力の一四パーセントを、少なくとも一五年間喪失したというべきである。

1万1983(円)×365(日)×0.14×10.9808=672万3887(円)

(五) 慰謝料 三五〇万円

(1) 入通院分 一五〇万円

(2) 後遺障害分 二〇〇万円

(六) 弁護士費用 一四五万円

よつて、原告は、被告に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故による損害の賠償として、一三九一万八九五七円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和六一年九月二〇日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、(一)ないし(三)は認め、(四)は不知。

2  同2は認める。

3  同3は全て否認する。原告には、本件事故前から、既存障害である第五腰椎分離症が存在するものであり、原告の腰部に関する症状は右に基づくものであつて、本件事故による受傷とは因果関係がない。

4  同4は全て不知。本件事故と因果関係のある治療費は、通院二、三か月分程度である。休業損害については、経費分を控除すべきであり、休業期間も二、三か月が相当である。後遺障害は、その大半が原告の前記既存障害によるものである。また、原告の治療態度の不適切から治療が長期化し、既存障害が増悪したものである。

三  抗弁

原告は、被告及び自賠責保険から合計三六〇万三〇〇〇円の支払を受けている。

四  抗弁に対する認否

認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生

請求原因1のうち(一)ないし(三)の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、同(四)の事実は、成立に争いのない甲第二号証及び証人原卓司の証言(以下原証言という。)により認められる。

二  責任原因

請求原因2の事実は当事者間に争いがない。したがつて、被告は、民法七〇九条の基づき、本件事故により生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。

三  治療経過及び後遺障害並びに本件事故の寄与度

1  前記甲第二号証、いずれも成立に争いのない甲第三号証の五、乙第五号証の一ないし四、乙第六ないし第八号証、証人横山晴一の証言、前記原証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告の治療経過及び症状固定時期等について次のとおり認定、判断することができる。

(一)  原告は、本件事故発生当日、救急車で原外科に搬送され、頭部打撲及び右股部挫傷と診断された。初診日の診断病名が右のとおりであつたのは、初診時の原告の訴えが右部位だつたからである。原告は、同外科に翌日(昭和六〇年一月二四日)から同年三月五日まで四一日間、頭部打撲、右股部挫傷、頸部捻挫及び腰部挫傷の傷病名で入院し、その後、同傷病名で同年五月三〇日まで通院(実日数七〇日)した。

(二)  原告は、昭和六〇年六月一日、高槻赤十字病院で受診し、同日から同年八月九日まで、第五腰椎分離症、左根性坐骨神経痛、頸部捻挫の病名で入院し、その後しばらく通院しなかつたが、同年九月二八日から同病院で症状固定の診断を受けた昭和六一年一月八日まで通院(実日数二四日)し、右同日、頑固な腰痛、後頸部痛、頭痛の後遺障害を残して症状が固定したものと診断された。右後遺障害は、自賠責保険の関係で、別表一二級一二号と認定された。

(三)  原告は、症状固定と診断された後も、右同病院に昭和六一年一〇月二五日まで通院し、その後、同年一二月ころから大阪医科大学に通院し、腰部に痛み止めの注射を受けている。

(四)  原告の症状は、腰部痛及び頸部痛が主たるものであり、前記の入通院治療によつても、事故直後の病状と症状固定の診断を受けた頃の病状との間に大きな変化は認められず、対症療法としてなされる神経ブロツク注射や痛み止めの注射がきいている間は疼痛が抑えられているだけであり、病状自体の治療効果はほとんど認められない。

(五)  原医師は、原告を退院させる前に大阪府済生会茨木病院に原告を紹介し同病院での診断をも参考にして、以後は通院治療でよいとして昭和六〇年三月五日に原告を退院させた。しかして、退院後通院中の病状と入院中の病状とは大きな変化はなかつた。また、原医師は入院一か月後ころから原告に通常の生活をするよう勧めており、退院時に作成された診断書(乙第八号証)には、「社会復帰によつて頭部、頸部痛軽減が考えられる」と記載されている。

(六)  しかるに、原告は、高槻赤十字病院に転医し、同病院での初診時には強い腰痛及び左下肢にしびれ感があり、ほとんど歩けない状態であつた、ということである。原告は、原外科を昭和六〇年三月五日に退院後、同年五月三〇日までの間に六九日実通院していることに鑑みれば、同年六月一日時点でほとんど歩けない状態であつたというのはやや不自然であるけれども、高槻赤十字病院において原告を診察した横山医師は、原告の脊柱起立筋に萎縮があることを認めていること、同病院においても原告は頸部痛及び腰部痛等を継続して訴え、これに対応する痛み止めの処置がなされていることからみれば、高槻赤十字病院の初診時、原告の腰部に疼痛があつたこと等が認められ、そして横山医師においては、その程度からみて入院の必要があると判断したことが認められ、右判断が医師としての裁量の範囲を超えた不当なものであるとは本件証拠上認め難い。そして、横山医師によれば、安静と訓練をうまくかみ合わせて治療できるのが入院治療であり、腰痛には入院治療が効果的である、とのことであり、これを否定すべき証拠はない。高槻赤十字病院においては、痛みを投薬等によつて抑える一方、腹筋や背筋を鍛える訓練をして筋力回復を図る治療をなし、入院時、筋力低下のため円滑さを欠いていた原告の歩き方や動き方が退院時においてはある程度円滑さが回復できたと認められるので、同病院における入院が不必要なものであつたとは認められない。

(七)  ところで、高槻赤十字病院における入院治療によつて原告の脊柱を支える筋力はある程度回復したものの、頸部及び腰部の痛みは依然として継続しており、右部位の痛みに関しては特段の治療効果は認められない。

(八)  その後、昭和六〇年一〇月末ころからは、頸部及び腰部の痛みに加え、原告は、頭部についても痛みを訴えるようになつたが、頭部痛は慢性の硬膜下水腫によるものであつて本件事故と関係はないと認められる。

(九)  甲第三号証の五によれば、症状固定日は昭和六一年一月八日とされているところ、この時期について横山医師は、その証人尋問において、被告代理人の「固定時を六一年一月八日とされておりますが、症状固定の時期は、やはりこの時期まで待たなきやならなかつたんでしようか。」との質問に対し、「それはちよつと分かりませんね。」と答え、一二月中の治療経過からみて原告の症状があまり変わらないのでその時点を固定時期とした旨を述べている。しかるところ、原告は、前記のとおり原外科における入通院治療を経て、高槻赤十字病院の入通院治療を受けていたものであるところ、事故直後からの治療経過及び原告の訴えの内容にさほど変わりがなく根治的な治療効果はさほどあがつておらず痛みを止める対症療法を継続せざるを得なかつた等の点に鑑みれば、原告の症状は、事故後九か月余を経過した昭和六〇年一〇月三一日には症状固定時期に至つていたと認めるのが相当である。

2  原告の治療経過等については右にみたとおりであるところ、原告が右のとおり両病院において長期の入通院治療を要したのは、前掲証拠によれば、原告が既応症として有していた第五腰椎分離症が基本になつていて、本件事故により症状が現実に発生したからであると認められる。そして、原医師及び横山医師は、第五腰椎分離症自体は本件事故によるものではないが、原告に事故前腰痛等の症状がなかつたのであれば、原告の前記諸症状は、本件事故が原因となつて発現したものであるとされる。また、横山医師によれば、高槻赤十字病院での原告の病名の一つである坐骨神経痛も腰椎分離症から発生することが十分考えられるとされる。ところで、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第四、第一二号証によれば、原告は、本件事故前である昭和五九年一〇月は二四日、同年一一月は二五日、同年一二月は二四・五日加藤左官工業に勤務していたことが認められ、欠勤しなければならないような腰痛等の症状は発現していなかつたものと推認できる。もつとも、原告本人尋問の結果及び原証言によれば、原告には腰部に灸のあとが存在することが認められ、これによれば本件事故前にすでに腰痛があつたこと自体は推認できるものの、いつ、どの程度のものがあつたかは不明であり、右認定した勤務状況によれば、少なくとも左官業に差し支えるような症状は本件事故直前には出現していなかつたものと認めるのが相当である。そして、本件証拠上、他には、本件事故前に原告に腰痛があつたことを認めるに足りる資料はない。右によれば、本件事故と原告の前記症状の発現との間には因果関係が認められる。

3  しかして、本件においては、右のとおり、本件事故と原告の既応症である第五腰椎分離症の双方があいまつて、前認定した原告の症状を発現させたものであり、右第五腰椎分離症は被害者側の責任領域内の事柄であつて加害者側で支配関与できるものではないから、原告の前記症状に基いて発生した損害のうち本件事故がその発生に寄与した限度において加害者に負担させるのが公平の理念に合致するところである。そして、前認定した原告の両病院における治療経過、後遺障害の内容、本件事故前の勤務状況等に鑑みれば、原告の損害発生についての本件事故の寄与度は七割とするのが相当である。

四  被告が負担すべき損害

1  原告に生じた損害

(一)  治療費 一六〇万七七六二円

前記甲第二号証、いずれも成立に争いのない甲第七号証各証、甲第九号証各証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因4(一)(1)(2)の各事実が認められる。

(二)  腰椎装具費 一万六一〇〇円

成立に争いのない甲第八号証の一及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる同号証の二によれば、請求原因4(二)の事実が認められる。

(三)  休業損害 二七五万七二八八円

原告本人尋問の結果及びこれによりいずれも真正に成立したと認められる甲第四号証、第一六号証の一、成立に争いのない甲第一六号証の二によれば、原告は、本件事故前、加藤左官工業に勤務し、事故前三か月の平均日収は一万一九八三円であつたこと、加藤左官工業では、材料は雇主が供給し、雇主事務所と施行現場との往復は雇主の車で行われていたことが認められる。しかして、前認定した原告の症状固定までの治療状況、原告の症状に関する原医師及び横山医師の所見等に鑑みれば、両病院に入院中は一〇〇パーセント、その通院中は平均した七〇パーセントの休業を余儀なくされたものと認めるのが相当である。なお、必要経費を控除すべきであるとの被告の主張は、右認定した原告の稼働形態に鑑み、採用しない。そうすると、原告の休業損害は頭書金額となる。

1万1983(円)×109(日)×1=130万6147(円)

1万1983(円)×{282(日)<61.1.23~60.10.31.>-109(日)}×0.7=145万1141(円)

130万6147(円)+145万1141(円)=275万7288(円)

(四)  後遺障害に基づく逸失利益 二六七万二三九七円

前認定した原告の後遺障害の部位程度、ことに第五腰椎分離症の既応症のため、その程度はレントゲン撮影上著変の認められない通常の神経症状より程度が重いと考えられること及び症状固定後も痛みを抑えるために通院治療を続けていること等に鑑みれば、原告は前記後遺障害のため、症状固定日以降五年間、その労働能力の一四パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。算定の基礎を日収一万一九八三円として年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益を算定すると頭書金額となる。

1万1983(円)×365(日)×0.14×4.3643=267万2397(円)

(五)  慰謝料 二五〇万円

本件事故の態様、前認定した原告の受傷部位程度、治療経過、後遺障害の部位程度等その他諸般の事情に鑑みれば、頭書金額とするのが相当である。

2  被告の要賠償額

前認定判断したとおり、原告の損害発生についての本件事故の寄与度は七割であるから、被告において原告に賠償を要すべき損害額は、原告の総損害額九五五万三五四七円の七割にあたる六六八万七四八二円(一円未満切捨)となる。なお、被告は、原告の治療態度の不適切から治療が長期化し、既存障害が増悪したものであると主張するところ、前掲治療経過によれば、原告は高槻赤十字病院退院後は、横山医師から継続するよう指示されていた腹筋及び脊筋を強化する腰痛体操を十分していなかつたことが推認されるけれども、そのことによつて、どの程度治療が長期化し、既存障害が増悪したのかは本件証拠上判然とせず、前判断したとおり原告の症状固定時期を昭和六〇年一〇月三一日と認める点を考慮すれば、右の点を被告の要賠償額の減額事由として斟酌するのは相当でないと解するので、被告の右主張は採用しない。

五  損害のてん補 △三六〇万三〇〇〇円

抗弁事実は当事者間に争いがない。したがつて、頭書金額を前記被告の要賠償額から差し引くと、残額は三〇八万四四八二円となる。

六  弁護士費用 三一万円

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと頭書金額とするのが相当である。

七  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し三三九万四四八二円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和六一年九月二〇日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐堅哲生)

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